若狭の龍宮〈2〉の続き —

東大寺若狭井のお水取り

若狭にまつわる伝説を探究する中で「東大寺のお水取り」のことを避けては通れない。しかしなぜその東大寺で“お水取り”という奇妙な儀式が始まったのだろう?それには若狭と大和の何らかの秘密が隠されているのではないか?そう思うと、その謎めいた“水の儀式”のルーツを探ってみたくなる。

東大寺の大仏殿

東大寺は華厳宗大本山東大寺というのが正式な名だ。東大寺といえば奈良の大仏さんで有名。大仏建立の時代背景には、天平期の社会不安、地震、旱魃、飢饉、疫病(天然痘)などによる朝廷の重鎮(藤原四家)の死があり、そして内乱が起きるなど、国家の存亡の危機にあって、国家は再建の悲願にあった。そこで、聖武(しょうむ)天皇の発願で毘盧遮那(梵語:ビルシャナ)仏こと大仏の造像を行う詔(ミコトノリ=天皇令)の発令がなされた。これが大仏を納めた東大寺の始まりだったというのだ。ここからは若狭と大和の関係を探り当てる大事なところなので話が少し長くなる。

では始めよう。

東大寺の“お水取り”は、正式には「修二会(しゅにえ)」という。東大寺の二月堂の「修二会」は天平時代の勝宝四年、東大寺を開山した良弁僧正(ろうべんそうじょう)の高弟、実忠和尚(じっちゅうかしょう)が創始したもので、「修二会」とは「十一面悔過(じゅういちめんけか)」という行法を、本尊の十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおん ぼさつ)に向けて行う儀式で、行中の三月十二日の深夜(13日午前1時半頃)、若狭井(わかさい)の井戸から、十一面観世音菩薩(梵語:エーカダシャ・ムカ)にお供えをするための「お香水(おこうずい)の汲み上げ儀式」が行われる。これを“お水取り”というのだが、この勤行の練行衆の道明かりとして夜ごと大きな松明に火が点され、参集した人々の熱気を誘う。ところが“お水取り”なのに“お松明(たいまつ)”とも呼ばれる。元は旧暦の二月一日から行われていたが、二月に修する法会の意味を込めて修二会と呼ばれるようになった。二月堂の名もこれに由来する。修二会が創始された古代では、天災や疫病や反乱は国家の病気とも考えられていたので、その病気を取り除き、鎮護国家、天下泰安、風雨順時、五穀豊穣、万民快楽を祈願する国家と万民に修する宗教行事だったといわれている。でもその説は本当なのだろうか?もしそれが本当だったらなぜわざわざ遥か遠方の若狭の鵜の瀬から奈良の東大寺内の“若狭井”までその水を招き、汲み上げる必要があるのか?それも地下で互いの場所が水脈で続いているという逸話まで作り上げねばならないほど念の入ったことを仕掛ける必要があったのだろう?

東大寺・閼伽井屋(あかいや)に「お水取り」の井戸がある

因みに、奈良東大寺の“お水取り”に対して、若狭鵜ノ瀬の水を送る儀式を“お水送り”と呼ぶ。若狭井と若狭の地、この符合とは何か?また、東大寺の本尊は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)だが、修二会の儀式の時だけ十一面観音に祈願儀礼を行うというのはなぜか?普通に思えば毘盧遮那仏に祈願するのが筋だろう。さらに、お水取りは“水の儀式”なのに、なぜわざわざ松明に火を点す“火の儀式”を合わせて修する必要性があるのか?奇妙なことばかりだ。そこで思うに、“火の儀式”のルーツは、古代ペルシャのゾロアスター教(拝火教)の儀礼を仏教に取り込んだものではないか?特に密教においてはそうだと。というのも、若狭の鵜ノ瀬の“お水送り”を行う僧の白い装束、白い覆面、白い帽子の姿を見るとどことなくゾロアスターの僧に似ている。このように東大寺の修二会の儀式には重要な何かが隠されているようだ。因みに、東大寺は密教ではない。創立時は華厳宗だったが、東大寺のあり方は本来、仏教各宗の学派を目指すというところにあって、後に空海(弘法大師)が要職に就き、真言宗(密教)も取り入れられることになった。なので、まあ、密教と関係なくもない・・。

さて、「二月堂縁起」に記された「修二会草創(しゅにえのはじまり)」を見てみると、東大寺修二会(しゅにえ)の儀式、その“お水取り”にまつわる謎が解けてくる。それは若狭を含めた日本海周辺が龍宮に深く関わる地域で、“龍宮”や“龍神(龍蛇神でもある)”にまつわる伝説の地であったことだ。以下はその縁起譚(えんぎたん)である。

〈言葉の解説〉

※縁起譚:物事がさまざまな繋がりによって起きて行く流れを伝える話

大仏開眼(かいげん)を翌年の春に控えた天平勝宝三年(751年)十月、東大寺の別当、良弁(ろうべん)の高弟の実忠和尚(さねただおしょう)は、山城(京都)と大和(奈良)の境に聳える笠置山(かさぎやま)に龍が住むといわれているその山に底知れぬ深さをもつ洞窟(龍穴)があり、そこに籠って修業をしておられた。
※開眼:入魂式(魂を入れる儀式)によってその存在が顕現すること。
※別当:正式の官職にあってそれとは別に就く職のこと。

その龍穴の奥には弥勤菩薩(みろくぼさつ)が常に説法をしておられる兜卒天(とそつてん)という有り難い世界があるという言い伝えがあった。瞑想に耽(ふけ)っていた実忠和尚(じっちゅうおしょう)は、ふと霊感に打たれて、夢現(ゆめうつつ)ともなく立ち上がり、洞窟の奥へ奥へと進んで行くと、突然、眩く輝く世界が目の前に開け、周囲は高貴な光明に満たされた。何とそこは兜卒天であった。

〈言葉の解説〉

※弥勒菩薩:古代のインド仏教においてはマイトレーヤという名で呼ばれ、慈悲から生まれた悟りに至る道を歩む仏覚行者という意味。遠い未来に仏(大覚者)となることを約束されている存在であることから未来仏とも呼ばれる。また、仏陀釈迦を継承する存在とされていて、それ故に弥勒仏、弥勒如来とも呼ばれている。釈迦が亡くなられて56億7千万年の後に仏(大覚者)となってこの世界に現れ、釈迦の教えで救われなかった人々を救済するといわれている。しかし56億7千万年後は地球を含む太陽系が消滅する時期とほぼ一致することになるので、それでは人類が救われる話どころではなくなる・・。
※兜卒天:将来において仏となる菩薩たちが住まわれる世界をいう。東大寺の伝承においての兜率天は笠置山の地底深くにあるとしているが、仏教における通説では、兜率天は世界(仏教における世界)の中央に聳える須弥山(しゅみせん)の上空にあって、その兜率天という天界で菩薩たちは修行をしているとされている。

兜卒天の内院には、四十九棟もある荘厳な摩尼宝殿(まにほうでん)が建ち並んでいる。実忠和尚は胸を轟(とどろ)かせつつ四十九院を順拝し、最後に常念観音院に到達された。そこには大勢の天人たちが集い、十一面観音の悔過(ケカ)法要を勤修されているところであった。実忠和尚はその行法を脳裏に焼き付けようと思って熱心に拝観していた和尚は、菩薩衆だけのことはあってその行法の素晴らしさに感動のあまり、そばにおられた菩薩に問いかけた。

「実に有難い行法です。何とかこの行法を私どもの人間の世界に伝えることは出来ないものでしょうか?」

すると菩薩が言うには、

「それは無理と言うものです。兜卒天の一日は、人間界の四百年に相当します。しかもこの行法の決まり事は、極めて複雑であって、なおかつ難しいのです。一日に千遍もの行道を正確に繰り返さなければなりません。それだけでなく、生身の観音様を本尊とせねばならないのです。それを思えばとても人間の身に出来ることではないでしょう。」

と、やさしく断られた。しかし、あまりにも有難い行法を拝した実忠和尚は、諦めることができず・・・一心不乱にやれば出来ないことはないだろう。勤行の作法を急ぎ、歩いてやれなければ、走って時間を縮めれば千遍の行道も満たすことができるかも知れぬ。誠意をもって勧請すれば生身の観音様も人間世界に示現して下さる。・・・と思うや否や、実忠は夢から醒めたように龍穴の入口にいたそうだ。しかし、確かに目にした“十一面観音悔過の行法”は、鮮やかに心に焼き付いていた。

実忠和尚は摂津の難波津で、補陀洛山に向かい香華を供え、心を込めて勧請し、閼伽折敷(あかおりしき)/あかはサンスクリット語のアルガの音写で、功徳水:くどくすいと訳され、仏教において仏前に供養される水のこと。おりしきとは四角い小器のこと)を補陀洛山のある南の方角に向かって海に流された。

〈言葉の解説〉

※閼伽折敷(あかおりしき)/閼伽(あか)はサンスクリット語のアルガの音写で、 “功徳水(くどくすい)”と訳され、仏教において仏前に供養される清い水のこと。折敷(おりしき)とは四角い小器のことをいう。

  日夜祈願を込められて百日目に、遂に生身の十一面観音様が百日前に流した折敷に乗って補陀洛山から難波津へ流れ着かれた。そこで実忠和尚は思った。

「これこそ笠置の龍穴において菩薩様から拝聴した生身の観音様に違いない」

と歓喜し、東大寺の羂索院(現、二月堂)に安置した。以来この観世音菩薩は秘仏とされ、誰一人そのお姿を肉眼で拝した者はいないというが、その霊験はあらたかで、無限に利生し給うと伝えられている。

〈言葉の解説〉

※利生:仏・菩薩( ぼさつ)が衆生に利益を与えること。

若狭の龍宮〈4〉に続く

写真:PIXSTA

久世 東伯
太礼道神楽伎流宗家丹阿弥。1990年より京都伏見の稲荷山の神仙「白翁老」より「イナリフトノリ」の指南を受ける。2006年に京都にて太礼道神楽伎流を旗揚げ。翌年、神楽舞の動きを基礎にした「かぐらサイズ」の伝授のため教室を展開。著書に「イナリコード―稲荷に隠された暗号」「イナリコード外伝 日本の霊性、最後の救済」。 久世東伯が受けたご神託 【土公みことのり】PDF特別無料プレゼントしています。 久世東伯が受けたご神託 【土公みことのり】PDF特別無料プレゼントの購読申し込みはこちら
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